~ Je te vuex ~4
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日向が岬の存在を初めて知ったのは、小学3年生だった5月のある日、ゴールデンウィーク明けの朝のことだった。
隣のクラスに転校生が来たと、しかも女の子みたいに可愛い顔をした男子だと、クラスの女子が騒いでうるさかったことを日向は覚えている。
だが日向自身は転校生に興味も無かったから、わざわざ隣のクラスに見に行くこともしなかったし、それきり忘れていた。その転校生が実際にどんな人物なのかを日向が知ったのは、転入してきてから2日後、本人が日向のクラスまでやってきたからだった。
「君が、日向小次郎?」
声を掛けられて振り向くと、白い肌に薄茶色の髪、同じように淡い茶色の瞳をした、西洋の人形にも似た可愛らしい少年がそこにいた。
「そうだけど・・・。お前は?」
「僕は岬太郎。一昨日、隣のクラスに転校してきたんだ。・・ねえ、僕と友達になって!」
きょとん、とした表情で、日向は目の前の少年の顔をじっと見返した。初対面の人間に「友達になって」とド直球で言われたのは初めてだったし、いきなり両手を握られて胸の前まで持っていかれたのも初めてだった。
勢いに押し切られるような形で「う、うん」と返事をした日向に、岬はパアっと明るい笑顔になって、「良かったあ!」と喜びの声を上げた。こいつ、本当に可愛い顔してるんだな と日向が顔を赤らめて見蕩れたその時から、二人の関係性は決まったようなものだった。
日向にとっては嬉しい誤算があった。
『可愛いながらも、アヤシイ奴』 と日向の中で定義しかけていた岬が、実はとんでもなくサッカーが上手い、ということが判明した。『可愛くて、しかもサッカーがデキる奴』 に格上げした瞬間だった。当然のごとく、日向は自分が入っていたクラブに岬を誘い、クラブが無い日でも二人で約束して会い、ボールを蹴るようになった。
しばらく経つと、岬にも日向以外の友達ができるようになった。愛想がよくて一見穏やかな岬は学校でも人気者だった。隣の教室の中、楽しそうに友達と談笑している岬を見かけると、日向も 『だいぶ学校にも慣れたんだな』 と安心した。
だが日向は、徐々にあることに気がつくようになった。
ついさっきまで楽しそうに一緒に笑っていたのに、たとえば話が「放課後、誰かの家にいって遊ぼう」と決まると、いつの間にか岬はグループの輪から抜けている。「休みになったら、集まろう」と誰かが誘えば「いいね」と答えるくせに、いざその日になったら岬はいない。
「お前、何で放課後や休みの日、俺以外の奴と遊ばないの?」
不思議に思い、日向は岬に尋ねたことがある。
「だって小次郎といるのが一番楽しいし。・・・小次郎は嫌?僕といるの」
「そんなことある訳ねえだろ。・・・俺だって楽しいよ。お前といるの」
「ふふ。あのね、僕はねえ。小次郎以外にあんまり、興味ないんだ」
あまりにもあっさりと言われたので、日向はその言葉の酷さにすぐには気がつかないくらいだった。
「あとの・・・友達というか、その他大勢は、どうでもいいんだ」
「・・どうでもいいって・・・。おまえ、あんまりだろ。その言い草は」
「だって本当のことだもん。僕ね。多分、そんなに長いこと、この学校にいられないんだ。父さんが絵を描き終わったら、また別のところに行かなくちゃいけないからね」
「・・・」
岬の父親は風景画家だった。キャンバスに写し取りたいと思える景色を探して、日本中を旅している。岬も赤ん坊の頃から父親について、あちこちを転々としているのだと日向は聞いていた。転校も既に何回したか数え切れないくらい繰り返しているとも。
「だから、友達は必要ないの。ちょっとした知り合い程度でいいの。小次郎だけ特別。僕から友達になって・・・って言ったのも、本当の友達になれたのも、君が初めて」
「・・どうして、俺?」
日向は岬に何をしてあげた訳でもないし、人に多少でも誇れるものはサッカーしかなく、率直に 『どうして?』 と思った。今好かれているのは嬉しいけれど、日向はこの先も岬をがっかりさせたくはなかったので、理由があるなら、それをちゃんと聞いておきたかった。
だが岬は「君には分からないと思う」と微笑むだけで、日向にその理由を教えてはくれなかった。陽光に透けて金色にも見える岬の柔らかそうな髪が、サラリと風に揺れていた。
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